2005-01-13(Thu):

少し前のことだが、2004-12-08()に国立国会図書館で国立国会図書館主題情報部研修に講師として参加した。「国立国会図書館への評価と期待 ― ACADEMIC RESOURCE GUIDEの経験から」と題してお話をさせていただいた。当日は自分を含め、大部分の参加者は国立国会図書館東京本館に集まったのだが、関西館と東京本館を通信でつなぎ、たいへんな盛況だったようだ。お集まりいただいた方には、心から感謝している。

さて、

・ACADEMIC RESOURCE GUIDEの経験

・ACADEMIC RESOURCE GUIDEの経験に基づいた国立国会図書館への評価

・ACADEMIC RESOURCE GUIDEの経験に基づいた国立国会図書館への期待

という構成で、過去数年の国立国会図書館のサイトへの評価の推移、そして現状への不満と今後への期待を語ったのだが、ご満足いただけただろうか。時間を無駄にした、と思った方がいなければよいのだが。後日いただいたアンケートの結果を思い返すと、もう少し直接的に役に立つ方法論を交えるべきだったという反省もある。

ただ、一つだけ弁解をすれば、直接的に役に立つ方法論は、しょせん小手先のテクニックにすぎないのだ。テクニックを否定するつもりはない。実際、自分もそのテクニックが多少なりともあるからこそ、ときおり注目していただけ、今回のように声をかけられもするのだろう。

だが、私が理想とするのは、そもそもテクニックなどなくても、誰もが気軽に、安心して、そして自由に、見たいものをみつけられ、知りたいことがわかることである。特にインターネットには、そう望む。そして、その望みが叶う見込みが多少なりともあると信じるからこそ、インターネット企業で働いてもいる。だからこそ、インターネットの一部を織り成す国立国会図書館のサイトと、そこでなされる情報発信に関わる人々には、テクニカルなものに流されてほしくない。テクニカルなものに目を奪われてほしくない。そうではなく、自分たちが誰に向かって、いつ、何のために、何を、どのように、伝えようとしているのか、この一点を徹底して考えることに集中してほしい。

テクニカルなものは、たとえていえばパソコンやソフトウェアのように、折にふれて買い替えやバージョンアップをしなくてはいけないものだ。ここにとらわれてはいけない。テクニカルなものへの一種の執着心はたいていの人が持っている。だが、その執着をふりきり、常に原点を考えること、原点を顧みること、原点を反映していくことの大切さに立ち返ってほしい。形こそ違え、きっと多くの国会図書館員は、同じようなことを考えて、志を抱いて国会図書館の職員になったのではないだろうか。

とはいえ、講師としてはその時間を誰もが有意義に感じられるように、間接的にであれ、直接的にであれ、役に立ったという思いを誰にも感じてもらえるように、工夫するよう心がけたい。いってみれば話にもう少し色気を添えることができなかったのは、やはり大きな反省点だ。

なお、当日の資料を公開してあるので、参考までに紹介しておく。どなたかのお役に立てば幸い。

・国立国会図書館主題情報部研修資料(2004-12-08)

http://www.ne.jp/asahi/coffee/house/doc/ndl.html