2008-01-16(Wed): 図書館での貸出記録の保存をめぐって?行政は説明責任を果たし、市民は慎重で冷静な議論を

2008年1月11日付の朝刊で朝日新聞が伝えるところによると、東京都の練馬区立図書館で1月5日付で図書館システムが刷新され、「本の貸し出し履歴を一定期間職員が参照できるシステムを導入した」という。同紙によれば、

参照できるようになったのは、その本を借りた直近2人の利用者番号。返却後、最長13週間まで保存する。個々の利用者がそれまで借りた本の記録は従来通り残らない。

とのこと。導入の目的については、次のように報道されている。

区が履歴の一時保存に踏み切ったのは、ここ数年、貸し出した本が切り抜かれたり書き込みされたりして、誰が破損したかを巡り窓口でトラブルになるケースが増えているためという。

この報道を受けて、東京の図書館をもっとよくする会が1月13日に「「練馬区立図書館貸し出し履歴保存」問題にかかわる見解」を出している。

・「「練馬区立図書館貸し出し履歴保存」報道に関して」(東京の図書館をもっとよくする会、2008-01-15)

http://motto-library.cocolog-nifty.com/main/2008/01/post_6dc7.html

見解は3点に渡っているが、

私たちは、外部に流出しなくとも、「貸し出し履歴」を残すことは、それ自体が思想・信条の自由、読書の自由を侵す恐れがあると考えている。練馬区立図書館が導入した「貸し出し履歴」は貸出者全体の監視システムである。

「貸し出し履歴」システムは、返却と同時に貸し出し記録を消すという大原則を逸脱するものである。その導入にあたっては、どのように使用するのか説明しなければならない。それによって、「貸し出し履歴」システム導入の是非が判断できる。

といった箇所が主要な論点だろう。

さて、朝日新聞の報道でもふれられているのだが、日本図書館協会は

・貸出業務へのコンピュータ導入に伴う個人情報の保護に関する基準(1984年5月25日社団法人日本図書館協会総会議決)

http://www.jla.or.jp/privacy/kasidasi.html

を定めており、そこでは次のように謳いつつ、

コンピュータによる貸出しに関する記録は、図書館における資料管理の一環であって、利用者の管理のためではないことを確認し、そのことに必要な範囲の記録しか図書館には残さないことを明らかにして、利用者の理解を得るよう努めなければならない。

以下の6点の基準を示している。

  1. 貸出しに関する記録は、資料を管理するためのものであり、利用者を管理するためのものではないことを前提にし、個人情報が外部に漏れることのないコンピュータ・システムを構成しなければならない。
  2. データの処理は、図書館内部で行うことが望ましい。
  3. 貸出記録のファイルと登録者のファイルの連結は、資料管理上必要な場合のみとする。
  4. 貸出記録は、資料が返却されたらできるだけすみやかに消去しなければならない。
  5. 登録者の番号は、図書館で独自に与えるべきである。住民基本台帳等の番号を利用することはしない。
  6. 登録者に関するデータは、必要最小限に限るものとし、その内容およびそれを利用する範囲は、利用者に十分周知しなければならない。利用者の求めがあれば、当人に関する記録を開示しなければならない。

この基準が示す「貸出しに関する記録は、資料を管理するためのものであり、利用者を管理するためのものではないこと」は重要だ。報道が伝えるように、本の破損対策、特に破損の犯人探しが目的であれば、上の基準が否定している「利用者を管理するため」の記録にあたり、好ましいことではないだろう。ただ、気になるのは、資料管理と利用者管理のどちらに重点があるかである。練馬区立図書館は貸出履歴を元に本の破損に至るまでの経緯を調べた後、具体的にどのような対処をとろうと考えているのだろうか。破損の犯人を探し出し、何らかの注意や罰則を与えようというのだろうか。もし、そうであれば、「貸出者全体の監視システム」という東京の図書館をもっとよくする会の批判も妥当だろう。それとも、個人の行為は問題とせず、たとえば破損が多い本の貸出を一時停止するなど、資料の管理を見直すのだろうか。しかし、もし後者であれば、利用者単位での貸出履歴を保存する理由はあるだろうか。

いずれにせよ、まずは練馬区立図書館と練馬区が説明責任を果たすことがまず求められる。練馬区立図書館も練馬区も、今回のシステム刷新をサイト上でアピールしているものの、貸出記録の扱いについては特にふれていない(そもそも、朝日新聞はどうやってこの情報をつかんだのだろうか)。

・「新しい図書館サービスが始まりました」(練馬区立図書館)

http://www.lib.nerima.tokyo.jp/info/replace.html

・練馬区立図書館

http://www.lib.nerima.tokyo.jp/

・「図書館利用者サービスを充実します!?資料の検索機能を充実、携帯電話での利用も可能に」(練馬区、2008-01-04)【PDF】

http://www.city.nerima.tokyo.jp/kocho_koho/koho/press/2008/01/20080104.pdf

・練馬区

http://www.city.nerima.tokyo.jp/

さて、ここまでは個別の事例に基づいて話をしてきたが、自分は

・「Web2.0時代の図書館?Blog, RSS, SNS, CGM」(『情報の科学と技術』56-11、情報科学技術協会、2006-11-01)

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004857462/

などで、図書館におけるWeb2.0の試みの一つとして、貸出記録を活用して利用者に本を推薦する仕組みを整えるよう述べてきた身である。練馬区立図書館の問題は問題としつつ、「「貸し出し履歴」システムは、返却と同時に貸し出し記録を消すという大原則」(東京の図書館をもっとよくする会)という考え方について一つだけ反論しておきたい。

・「講演「Web2.0時代の図書館 ?Blog, RSS, SNS, CGM」の補足」(編集日誌、2006-05-24)

http://d.hatena.ne.jp/arg/20060526/1148575117

「総論「価値観の交差点」」(『情報の科学と技術』56-9、情報科学技術協会、2006-09-01)

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004815075/

でも述べているように、何事も否定から入ってしまっては始まらない。貸出情報はうまく使えば、図書館にAmazonを超えるサービスの可能性をもたらすものだ。

・「Web2.0時代の図書館?Blog, RSS, SNS, CGM」(『情報の科学と技術』56-11、情報科学技術協会、2006-11-01)

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004857462/

で述べているように、

  • 2005年の公共図書館の貸出点数:約6億1000万冊(日本図書館協会調べ)
  • 2005年に取次ルートで販売された販売点数:約7億4000万冊(出版科学研究所調べ)

であり、一年間に貸し出される点数と販売される点数はほぼ同数である。ということは、これだけのデータを活用すれば、たとえば、Amazonをはるかに超える関連書の推薦(レコメンド)を実現できる可能性があるということだ。日本の図書館にはそれだけのポテンシャルが眠っている。

そして、

・貸出業務へのコンピュータ導入に伴う個人情報の保護に関する基準(1984年5月25日社団法人日本図書館協会総会議決)

http://www.jla.or.jp/privacy/kasidasi.html

を尊重するとしても、ここに示されている基準は、

貸出しに関する記録は、資料を管理するためのものであり、利用者を管理するためのものではないことを前提にし、個人情報が外部に漏れることのないコンピュータ・システムを構成しなければならない。

ということであって、利用者サービスの向上を目的とする貸出記録の利用を妨げるものではない。もちろん、この基準が別に示す

登録者に関するデータは、必要最小限に限るものとし、その内容およびそれを利用する範囲は、利用者に十分周知しなければならない。利用者の求めがあれば、当人に関する記録を開示しなければならない。

は当然であるが、東京の図書館をもっとよくする会のように「「貸し出し履歴」システムは、返却と同時に貸し出し記録を消すという大原則を逸脱するものである」とまで言い切ることはないだろう。貸出記録は一時的に保持し、本の返却後はすぐに消去するということは、確かに過去には一定の意味があったかもしれない。だが、インターネットが普及・浸透する現代にあって、果たしてその姿勢を堅持する必要があるだろうか。図書館、特に公共図書館はいままで通りでよく、インターネットへの対応は、せいぜいOPACのウェブ公開やデジタルレファレンスの実施まででよいということであれば、それでもいいだろう。だが、サービスの可能性をさらに追求したい図書館関係者、そして税金を図書館に投じる市民にとって、これまでの伝統を遵守することは必ずしも福音ではないはずだ。

貸出記録の活用による関連書の推薦システムという例に限らず、貸出記録がもたらす可能性にも目を向けよう。運用を誤れば、貸出記録は「貸出者全体の監視システム」にもなるだろう。だが、逆に公共図書館の利用者サービスを画期的に向上させる仕組みの土台となるかもしれない。ここに示した以外にも、多種多様な可能性が考えられるはずである。それだけに、今回の練馬区立図書館の事例をもって、貸出記録の利用で広がりうる可能性を閉ざすことになってはいけない。どうか、図書館関係者の方々、そして図書館をよりよくしたいと願う市民の方々には、多様な可能性を考えながら慎重な議論を冷静に行うようお願いしたい。